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死ふたつ、志ふたつ
評価:
長田 弘
クレヨンハウス
¥ 2,940
(2010-05-20)
コメント:言葉の重さを 今日の落合恵子さんの講演会で、再確認しました。
Amazonランキング: 4458位
Amazonおすすめ度:
宝物になりました
静かに深く染み透る言葉

今日 隣町で落合恵子さんの講演会がありました。
「人権擁護」「生涯学習」「男女参画」といった 一般に硬い^^; テーマでしたが、
会場は、関係者その他、60代から70代で埋め尽くされていました。

人権とは・・・

誰の足も踏まないこと
誰にも自分の足を踏ませないこと
*足・・・自分の存在そのもの、尊厳

豊かな人権意識を持って育った子どもたちは、素敵な大人になるでしょう。

あなたのことが、欲しかった。
何があっても、護ろうと思った。
生まれてきてくれて どうも 有難う。by keikos mama

どんな人でも、度々 自分から荷物をおろすことが必要。
そんな場所が必要。


さまざまな死に向き合い、生きることを考えた時、
死は 自然なもの。 時間を重ね、苦労を重ね、今の年齢を得て、
いつかは、死を迎えるけれど・・・


そんなふうに、子供や高齢者、女性に対する人権侵害について
自分たちが被害者であり加害者であることの自覚を認識させ
理解を深め、身の回りの日常的な問題として
意識化させてくれる とても わかりやすく、的を得た講演でした。

その中で、 幾つかの曲と詩を紹介されました。
そのうちの一つ・・、
この本は、以前、ブログで仲良くさせて^^
頂いている 隠れ家のふにゅさんから、紹介いただき、
それがまた、クリムトの絵とのコラボでしたから、
どうしても、読みたくて購入し、手元で温めていた本だったので、
とても、嬉しくなりました。

その一説を 少し・・・


どこにもいない のではなく、どこにもゆかないのだ。
いつも、ここにいる。

しんでからだった。もう、
どこにもゆかないし、
どんな遠くへもゆくことはない。

そうと知った時に、
じぶんの、いま、いる、
ここが、じぶんのゆきついた、
いちばん遠いばしょであることに気づいた。
・・・・・生きるとは、年をとるということだ。
死んだら、年をとらないのだ。 

            (略:長田 弘 花をもって、会いにゆく より)




最後に 彼女は、「戦え」「怒れ」と、
弱いものを護り、自分の死に誇れる生き方をしなさいと、
目を輝かせ、
1昨年よりちょっと丸くなった^^身体を ころころっと
震わせながら、手を振って、ステージから消えました。

自分に、恥ずかしくない生き方・・・

そういえば、

今日の講演のテーマ 「自分を生きる」 でした。 ふむ^^;

・・・・脱帽する帽子すらないや。

めもっ comments(2) trackbacks(0)
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Comment








いつもどこか行かなければならない場所が
あるような気がしています。
でも、そんな場所はどこにも無くて
自分に甘くゆるゆると生きていくのだよ・・死ぬまで。
私はちょっと恥ずかしいです。
長田 弘さんの詩は、胸がドキン!
from. michiko | 2010/10/10 19:34 |
mochikoさんへ

長田さんの詩は、奥様が死の病に伏せられている間
病室の枕元で、この詩を読んであげたのだそうです。
落合さんは、彼女の死が訪れるまでに製本を・・と頑張ったけれど間に合いませんでした・・・と、
話しておられました。

てふは・・
「死んでからだった。どこへもゆかないし、
 どんな遠くへもゆくことはない・・」

だから・・・と、今を振り返ってみました。

世の中知らないことだらけなのに、
さも理解しているかのように、
私は、至るところで 落合さんのいう加害者になっています。
・・人間には、こういう時間もたまには、必要だと
思いました^^;
 

from. てふ | 2010/10/11 01:05 |
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